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Hagakure 葉隠
『只今がその時』、『その時が只今』、つまり、いざという時と平常とは同じことである。
ならぬといふは、成し様足らざる故なり。
修行に於ては、これ迄成就といふ事はなし。成就と思ふ所、その儘道に背くなり。一生の間、不足々々と思ひて、思ひ死するところ、後より見て、成就の人なり。
いにしへ、義を取りて死に殉ふ事、情に感じて志のせむれば也。今、なんぞ、是を禁めて操をくじけるや。夫れ、義士は國の幹也。世々、これを失はゞ嗣君何にかよらん。-- 山本常朝
Hagakure 葉隠
山本常朝 葉隠
「葉隠」は、江戸時代中期に、今の佐賀県こと肥前国鍋島藩藩士、山本常朝の口述をもとに書かれた、武士の心得を説いた書である。「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」という文言が有名だが、葉隠は死を美化したり自決を推奨する書物と一括りにすることは出来ない。葉隠の記述は、部下の失敗を上手くフォローする方法、人前であくびをしないようにする方法等、現代でいうビジネスマナーの指南書や礼法マニュアルに近い記述がほとんどである。
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Bushido 武士道
新渡戸は、義と勇、礼や仁など、様々な武士道の徳目について解説している。新渡戸は、特に大事なものは、義と勇であり、流されずに正義を守る勇気を持つ者こそが、真の武士だと記した。また武士が目指すべき究極の目標として、忠義をあげた。新渡戸は、忠義を守ることによって名誉を得ることが、武士の到達点であるとした。つまり武士にとって、忠義とは、他人から強制されるものではなく、自己実現のあり方だったのである。
武士は責任を取るときに切腹した。新渡戸は「腹は魂と愛情が宿る場所」だと記している。日本人は腹に魂があると考えてきた。切腹とは、真心を示す意味もあったのである。一方で切腹は、人の死を軽んじる傾向を生んだ。また部下に詰め腹を切らせ、責任の所在を曖昧にしてしまうこともあった。新渡戸は武士の勇気をたたえるとともに、陥りがちな欠点も指摘、「いたずらに死を選ぶことは卑怯であり、真の名誉は天命を成就すること」と記した。
外国人にとって、日本人の行動には謎が多く、誤解を生じやすい。新渡戸が生きた時代、外国人の間では「日本人が苦しい時にほほ笑むのは鈍感だからだ」という指摘すらあるほどだった。そこで新渡戸は、武士にとって、感情をむき出しにすることは、礼に反し、勇気のない行為にあたると解説。苦しい時のほほ笑みは、自分の心の平衡を保つための手段なのだと記した。
つまり武士にとって、忠義とは、他人から強制されるものではなく、自己実現のあり方だったのである。
Bushido 武士道
新渡戸 稲造 武士道
新渡戸は近代において人間が陥りやすい拝金主義や唯物主義の根っこにある個人主義に対して、「武士道」を日本人の道徳性の基礎として提示している。さまざまな徳目を武士道を構成している諸要素としてあげ「全体的な徳性」として「武士道」を解説していることが注目される。
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Golinnosho 五輪書
兵法の道、二天一流と号し、 数年鍛練の事、始て書物に顕さんと思、 時、寛永二十年十月上旬の比、 九州肥後の地岩戸山に上り、 天を拜し、觀音を礼し、佛前に向。 生國播磨の武士、新免武藏守藤原玄信、 年つもりて六十。 われ若年の昔より、兵法の道に心をかけ、 十三歳にして始て勝負をす。
夫、兵法と云事、武家の法也。 将たるものハ、とりわき此法をおこなひ、 卒たる者も、此道を知べき事なり。 今世の間に、兵法の道、たしかに わきまへたると云武士なし。 先、道を顕して有ハ、佛法として 人をたすくる道、又、儒道として文の道を糺し、 醫者と云て諸病を治する道、 或は歌道者とて和歌の道をおしへ、 或ハ数寄者、弓法者、其外、諸藝諸能までも、 思ひ/\に稽古し、心々にすくもの也。
兵法二天一流の心、 水を本として、利方の法をおこなふに依て、 水之巻として、一流の太刀筋、 此書に書顕すもの也。 此道、何れもこまやかに 心のまゝにハ書分がたし。 たとへ言葉ハつゞかざると云とも、 利ハおのづから聞ゆべし。 此書に書付たる所、 一こと/\、一字/\にて思案すべし。
まよいの雲の晴れたるところこそ、実の空としるべき也。空を道とし、道を空と見る処也。-- 宮本武蔵
Golinnosho 五輪書
宮本武蔵 五輪書
宮本武蔵が二天一流の奥義を記した本書は、勝つことにおいて何が理にかなうものであり、何がかなわないのかを説いている。構成は地水火風空の5巻からなり、「地之巻」では兵法や二天一流の概略を、「水之巻」では太刀筋や剣術の極意を、「火之巻」では実戦に勝つための要諦を、「風之巻」では他流派との比較を論じ、最後の「空之巻」では二天一流の到達した境地をまとめている。 本書がビジネス書として読まれているのは、極限で平常心を保ち、相手を観察し、心理戦を制し、環境を利用し、先手を取る、といった奥義から多くのアイデアをくみ取ることができるからだ。